山形の思い出

日本ベーリンガーインゲルハイム(株)

大木俊光(18回生)

 読者の皆様は、山形へ旅行されたことはあるだろうか。私の場合、5年前、1年半ほど山形にある工場へ単身赴任をしたことがあり、今は良い思い出になった。九州の田舎で生まれ、育った人間が短期間でも山形で生活するということは確率的に極めてまれなことであろう。そこで、岡田さんからの突然の寄稿依頼に対して山形のことを紹介することにした。私は、卒業以来ずっと製剤研究をやってきたが、製剤の製造現場の経験が必要ということで工場勤務を命ぜられた。あまり気はすすまなかったが、断れるものでもなく、せいぜい山形を楽しむつもりでお受けした。ここでは、まれな確率の話しとして、仕事ではなく、山形での生活や娯楽の話しとし、合わせて数年前から興味を持っている俳句のことを書いてみたい。名づけて現代素人中年おくの細道である。

かどで

 池田には長いこと住んでいる。街は小さいが、市内に五月山があり、猪名川が流れている。ときどき猪名川沿いに歩いて五月山に登り、2時間20分ぐらいの散歩を楽しんでいる。特に、春の桜やつつじ、初夏の新緑の頃は気持ちが良く、仕事から頭が開放される。しかし、歩きながら新しい仕事の攻め方が浮かぶなど仕事は体にしみついているようだ。

 目を洗い耳を洗いに五月山

 19958月、山形に赴任することになった。それまでも出張で年に数度山形へ行っていたので、何度か当地の冬を見ているが、まわりからもくりかえし冬のことを言われ、寒冷地仕様の車に買い換えて赴くことにした。気をひきしめて仕事と遊びにとりかかることとした。

  ひまわりの生き生きとして夏の風

  ここで、尊敬する芭蕉翁の「おくの細道」にある次の句を見てみると、その文学的素養、精神的錬成の違いは如何ともしがたく、決して比較されることのないようお願いしたい。

  草の戸も住替わる代ぞひなの家

 行春や鳥なき魚の目は泪

天童

  山形工場は、山形市から北へ20mの東根市にある。山形空港からは近く、車で10分である。しかし、東根は果樹園と温泉の地であり、赴任者の多くは生活しやすい天童市に住む。天童は、山形と東根の中間にあり、さらに大きな温泉地である。また、将棋の駒の産地として有名であり、市内によい散歩コースになる舞鶴山がある。すこし贅沢ではあるが、新築マンションの4階の部屋を借りて住むことにした。早速、早起きして舞鶴山に登った。

  天童の朝湯けむりと夏の雲

  芭蕉翁は、天童を通っている。尾花沢に数日滞在した後、すすめられて山形の立石寺を訪ねた。その間七里と言うから28Km歩いた後立石寺のある山に登った。そのとき詠んだのが有名な次の句である。

  閑さや岩にしみ入る蝉の声

  赴任直後の休日、その雰囲気を味わいたいとにわかに思い立ち、真夏日のお昼過ぎから8Kmほど歩き、大汗をかいて山に登った。帰りも炎天下、りんご畑のつづく舗道を歩いたため脱水症状になりかけながら途中で缶ジュースで水分補給してやっとの思いで自宅にたどり着いた。

芭蕉翁の偉大さを思い知ることができた。

 蕉翁は汗何合ならん立石寺

山形の秋

  山形の秋はすばらしい。先ず、空気が澄んで爽やかである。寝るときは布団をガラス戸のそばに敷き、しばらく星空を眺めた。朝はカラスの声で目をさました。

  秋風に澄みて凛たる出羽の嶺

  山形のさくらんぼは食べた人でなければわからない初夏の味であるが、山形の秋もおいしい。りんごに洋なし、新蕎麦、きのことある。蜜入りりんごのおいしさは山形に住んで知ることができた。天童のやま竹(TEL 0236532116)の蕎麦会席は何度食べても感激であった。きのこ汁にゆがきたての蕎麦をつけて食べる月山そばも忘れられない。

  蔵座敷月を見ながら蕎麦談義

最上川

芭蕉翁は蕎麦の俳句は残していないが、最上川の句は二つある。

  五月雨をあっめて早し最上川

 暑き日に海に入れたり最上川

  その他、羽黒山、月山、湯殿山、温海山、象潟などの地名を詠みこんだ句があり、翁も出羽の国がたいそう気に入ったようで、「おくの細遺」にある51句のうち13句が出羽の国で作られている。ご相伴にあずかってみた。

  のわけ明け三日吼えたり最上川

 渦音の三日瀬の崖に萩の花

山形の冬

山形の冬もまた、格別である。12月始めの寒くて静かな夜が明けて大いに驚いた。早朝からやたらと明るいので、外を見ると、何と晴天の下の銀世界であった。

  山形は墨絵となりぬ雪の朝

  温泉がまた、すばらしい。県内の44の全市町村に温泉が出るそうである。特に気に入ったのは、pH1.5という強酸性の蔵王温泉、逆にアルカリ性でぬめりのあるりんご温泉、鉄分の赤みがある高温の寒河江温泉であった。雪景色の中で月を見ながら露天風呂に入れば、別世界で遊んでいる心地がした。

  夜はしずか雪の舞いおつ湯気の中

 むすびに

 個人的な体験をとりとめもなく書いてしまったが、少しでも山形に行ってみたいと思っていただけたら幸せである。山形は春もなおよく、いろんな花が一度に盛りとなり、山菜も楽しめる。九州で育った人に是非お勧めしたい。芭蕉翁が人生の終わりの5年間をかけて練り上げた俳句のテキストブックの「おくの細道」も一読をお勧めしたい。
 山形のことは、偶然の積み重ねの結果の一こまともいうことができ、同時に人生の必然の結果であったのかも知れないところが不可思議でおもしろい。