兼松顯先生紫綬褒章受章にあたって

生物分子工学研究所        
藤井郁雄(院27回、旧薬製助手)

 九州大学名誉教授・兼松顯先生が平成11113日に紫綬褒章を受章された。その祝賀を、本年211日に千里中央・阪急ホテルにて開催した(写真ご参照)。本来なら、先生や私たち卒業生の思い出の地“博多”で執り行いたいところではあったが、関西地区の卒業生の数が圧倒的に多く準備などの諸事情を考え、大阪を会場とさせていただいた.立春過ぎの寒い時期ではあったが、多くの方々にご出席いただき先生の受賞をお祝いするとともに旧交を暖めることができた。今回兼松顯先生の褒章は、化学系薬学分野の研究の発展に貫献したことに対して贈られたものである。ここで、その業績について少し紹介したい。

 兼松先生は「分子設計」ならびに「薬物設計」の概念を基に新たな薬学研究に取り組み、数多くの業績を挙げて来られた。特に先生が世界に先駆けて提唱された「分子設計」概念に基づく研究では、フロンティア軌道理論を基盤とした不飽和系炭化水素分子のペリ環状反応の解析により、複雑な三次元構造を有する炭素分子骨格の構築法を確立された。さらに、アレン分子の化学を基軸とした生理活性天然物の不斉合成に関する新しい方法論を展開してこられた。この研究により、「フロンティア軌道論による電子環状反応の解析と有機合成化学への応用に関する」として、昭和58年度宮田専治学術振興会学術賞を受賞されている。

 私自身は、大学院・助手時代を通して、もう1つの主テーマである「薬物設計」の研究に従事させてもらった。兼松先生は、1994年に3種の脳内オピオイド受容体がクローニングされるやいなや、いち早くコンピューター・シミュレーションにより三次元構造モデルの構築し、これらの構造情報に基づきオピオイド受容体探索分子を設計された。中でも、合成されたKT90およびKT95はいずれもモルヒネより鎮痛作用が増強されたのみならず、精神および身体依存性の消失が認められた。医療界多年の悲願であったモルヒネ分子の非麻薬化研究に大きな指針を与えたことは特筆に値する。さらに、KT90およびKT95が、モルヒネより50100倍強いがん細胞増殖抑制作用ならびにTNF−αのmRNA産生抑制作用を持ちわせることが判明している。このことから、がん末期患者の激しい疼痛の緩和ケアを目的とた新しい薬剤開発の期待がかけられている。これらの業績に対して、「分子設計に関する基礎研究と医薬化学への展開」により平成4年度日本薬学会学術賞が授与された。

 祝賀会には、卒業生だけでなく関西地区の兼松先生と親しい諸先生方も駆けつけてくださった。まずはじめに、末宗洋先生(九州大学)が今回の受章の経緯ならびに九大薬学部の近況についてご紹介された。寺田弘先生(徳島大学)、富士薫先生(京都大学)は京大時代からのお知り合いで、兼松先生の学生時代のエピソードなど、卒業生が知らない1面をお話しされた。さらに、長尾善光先生(徳島大学)、北泰行先生(大阪大学)、杉浦幸雄先生(京都大学)にもご祝辞をいただき、先生の研究に対する理念と情熱について熱く語られた。諸先生のお話は、兼松先生が我が国における医薬化学教育の先駆的存在としてリーダーシップを発揮されて来られたことに終始一貫していた。兼松先生は「分子設計」や「薬物設計」の独創的な研究を通して、化学から生物までを横断的に思考することのできる薬学系有機化学者を育てることに尽力されてこられた。九大薬学部教授の19年を終え、平成8年に退官されたのち、同年文部省学位授与機構教授、平成10年には名城大学総合研究所教授に就任され、平成11年より同研究所所長として現在も活躍されている。

 今回の紫綬褒章受章は兼松先生の偉大なる功績を讃えるに相応しいものであり、私たち卒業生の誇りである。先生のますますのご健康とご活躍を心よりお祈りしたい。最後に祝賀会開催にあたりご協力いただいた関西薬友会の皆様に厚くお礼申し上げます。