味覚センサを用いた薬物の苦味評価

武庫川女子大学・薬学部・臨床製剤学講座

内田 享弘(32回生)

 

支部会員の皆様いかがおすごしですか。私が九州大学薬学部薬剤学教室より兵庫県西宮市の甲子園球場近くにある、武庫川女子大学薬学部に異動してはや7年が経過いたしました。当初6年余りは同女子大・薬学部にて九大の同門である松山賢治先生の下で助教授としてお世話になっておりましたが、昨年より臨床製剤学という研究室を新たに立ち上げました。

私の他、嘱託講師1名、助手2名、大学院生3名、研究生4名、4年生8名と20名近いスタット(ほとんど女性ですが)に囲まれて頑張っております。研究室のテーマは講座の名が表すように、臨床で使用されている製剤の問題点を解決したり、新規製剤を開発することですが、特に最近は薬の苦味を味センサを利用して定量化する」というテーマを最近精力的に検討してしまおりますので以下にその成果の一端を述べさせていただきます。やや硬い文書で明らかに拙文につき気楽に読み飛ばしてください。

 1.はじめに

患者のQOL改善の必要性が叫ばれる昨今、「良薬は口に苦し」という言葉は、形骸化し、味や服用感の良い製品が求められるようになってきた。例えば苦味の強い薬物やアミノ酸類を長期服用することは患者にとって苦痛であり、時にはノンコンプライアンスを引き起こし、薬物治療の大きな妨げになる。このような観点から種々の苦味マスキングのための工夫がなされてきた。具体的には、甘味剤や味剤の配合や糖衣錠への加工などのように味細胞を刺激する方法やカプセル剤・フィルムコーティング錠などの製剤的な工夫により口腔内での薬物放出量を低下させ口腔内薬物濃度を低下させるなどの手法がとられてきた。また、高齢者など嚥下能力が低下した患者での服用しやすさを考慮し、水無しで服用可能なH2ブロッカーの口腔内崩壊錠が上市されたことは記憶に新しいが、対象薬物の苦味の程度や目的とする剤形の種類によってはより高度な技術の導入が求められる時代になった。

 このような中、薬物の苦味マスキングの理論的な設計を行うには、薬物自体の味の評価、特に苦味の定量化(数値化)が必要である。過去に中村ら1)が報告しているように、対象薬物においてヒトが苦味を感じる限界の薬物濃度(閾値)を求めておくのも有効な方法であるが、そのためには種々の濃度の薬物試験液を対象に適切に官能試験を行う必要がある。一般に従来から行われてきた、パネラーと呼ばれる熟練者による苦味の官能試験においても、個人差や体調などにより再現性や客観性を得ることは困難である。また、制癌剤など毒性の強い薬物の官能試験は安全性・倫理性の観点からも問題がある。

このような問題を解決し得るのが味覚センサ2(以下味センサと記述)である。味センサは九州大学大学院システム情報科学研究科の都甲潔教授により開発され食品分野ですでに応用されているが、薬物の味評価に関しては全く適用されていなかった。我々の研究室では味センサによる各種医薬品の苦味の定量化に関してその有用性を報告してきた)。本稿では、センサを用いて多くの薬物やアミノ酸類の苦味の定量化を試みた成果を述べたい。

2.実験装置および実験方法

(1)味センサの原理
 
味センサ装置(インテリジェントセンサーテクノロジー社、神奈川、厚木市)の概略をFig.1に示した。すなわち、脂質膜センサを持つ電極部分、ロボットアーム、情報解析のためのコンピュータの3部分からなる。特に電極部分は脂質膜センサと参照電極からなり、各センサと参照電極間の電位差が出力となり、この信号がロボットアーム内を通じて、コンピュータへ信号が送られる。脂質膜センサは測定対象に合わせて選択でき、最大8本使用可能である。

Fig.2に模式的に示したように、ヒトの味蕾の味細胞上に存在する種々の受容体を介して多種類の刺激が受容できるようになっていることを模して、膜組成の異なる多種類のセンサを準備することにより、多様性のあるセンサ応答パターンを得ることが可能となる。センサ部分をサンプルの苦味薬物溶液中に浸すと、測定薬物と脂質膜との静電相互作用や測定薬物の脂質膜センサへの物理的吸着により脂質膜電位が変化し、その信号を情報として取り出すことができる。実際に使用した脂質膜は、厚さ約0.2mmで、組成は、支持材としてポリ塩化ビニルを用いて、可塑剤と脂質を混合したものを使用した。脂質膜センサはこれらの脂質と可塑剤の配合比を任意に変えることによって膜特性を変化させることが出来る。8本のセンサの内、14チャンネルの脂質はリン酸基などによりマイナスの電荷(脂質膜にアンモニウム基などをもつ塩基性薬物が応答)を持ち、一方、58チャンネルの脂質にアンモニウム基等でプラスの電荷(脂質膜にカルボン酸などのマイナス電荷をもつ酸性薬物が応答)を持たせることで、固有の出力パターンが得られることになる。8本のセンサから得られた複合情報を用いて多変量解析を行う。

 (2)測定方法
 実際の測定では複数の薬物の苦味を連続的に測定することになる。具体的な測定プロセスをChart1に纏めた。サンプルを測定する前の基準液(Reference solution)の測定値をVr(mV)で表現した。サンプル測定前の基準液は人の唾液に相当し、今回の実験では、無味に近く、かつ味センサの出力が安定 になるという2つの条件を満たす30mM KCl+0.3mM酒石酸溶液を基準液に使用した。つぎに、サンプル溶液にセンサを浸したときの測定値をVs、サンプル測定終了後、再び測定した基準液の測定値をVr’と定義した。基準液はヒトの場合は唾液に相当し、そこからの電位変化が味信号であるから、(Vs−Vr)をセンサ出力値として利用した。また、サンプルを測定した前と後での基準液の測定値の変化は、脂質膜に苦味薬物が吸着したことに由来すると考えられる。例えば、苦味のある薬物を服用後もしばらく口の中に苦味が残った結果生じる味に相当する。この(Vr’−Vr)をCPA(Change of membrane Potential caused by Adsorption)値と定義するが、この値は苦味を表現する重要な測定値である。さらに、このCPA値は苦味特異的であり、5味の他の酸味、塩味、甘味、旨味を持った物質には全く応答しないことを確認した。

(3)官能試験
 桂木らの等価濃度分散法に準じて実験を行った。11人の健常人を対象にして、事前に5段階の各種濃度(0.01, 0.03, 0.10, 0.30, 1.0mM)に調製した教師用サンプルである塩酸キニーネについて官能試験を行い、対応するスコア(0,1,2,3,4)の提示を行った後、未知サンプルについて官能試験によるスコア化を行わせた。教師用サンプルも未知サンプルの場合も、5mLを口腔内に15秒含んだ後に苦味強度を提示させた。また一つのサンプルの官能試験と次のサンプル官能試験の間は少なくとも20分、間隔をあけ前サンプルの影響が残らないようにした。

(4)データ解析
 主成分分析、重回帰分析はS-PLUS 2000J (Mathematical Systems, Inc.,Tokyo, Japan) を使用した。

3.結果および考察

(1)塩基性薬物・酸性薬物の苦味予測
 いま複数のセンサデータを用いて苦味を予測する場合、予測苦味強度(Estimated bitterness scoreYは次式で表現できる

Y=aX1+bX2+cX3+…zXn
   ただしXnは説明変数(Explanatory variable)である。

本検討ではXnとして、出力値Sensor output(s):(V-Vr)に相当CPA(c):(Vr’-Vrに相当CPA/sensor output:(C/S)、の3つを利用した。はじめに全薬物を対象にセンサのデータを利用して主成分分析を行った。主成分分析はセンサから得られる多次元の情報を圧縮して2〜3次元程度の情報にする手法である。最大8本の脂質膜センサの出力値、CPA値、さらにCPA値をセンサ出力値で徐した吸着率を説明変数とした24次元の情報を2次元の情報に圧縮させることが可能である。苦味が認められている10種余りの塩基性薬物について2と4チャンネルの関数C/S関数を採用して重回帰分析を行った結果をFig.3に示した。横軸は官能試験で得られた苦味強度、縦軸はモデル式から得られた苦味強度の推定値を示した。回帰の相関係数はr=0.734と比較的良好であった。このようにセンサ2本のデータを利用しても良好な予測性が確保できることが明らかとなった。特に塩酸塩薬物群の回帰ではセンサの優れた苦味予測性が示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2)アミノ酸類の苦味予測について
 
アミノ酸類は通常の薬物に比較してモル数あたりの苦味は弱いものの、肝不全の患者では通常高濃度で内服するので、その苦味の強さは通常の薬物の苦味強度に匹敵する。そこで、苦味が比較的強いとされているアミノ酸溶液(イソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、トリプトファン、いずれもL体、溶液濃度は
1, 3, 10, 30, and 100 mM)を対象にしてセンサにより苦味を予測することを検討した。結論的には5種の30mMアミノ酸溶液ならびに対照としての0.1mM塩酸キニーネ溶液の8チャンネルに関する相対出力を示しアミノ酸類はCPAが得られず利用できる出力の説明変数は少ないが、センサ出力値Sだけで、アミノ酸の単独溶液、混合液について十分良好な苦味予測が可能であった。

(3)抗生物質懸濁試料の苦味評価・苦味抑制評価系への適用

一般に医薬品として使用されている薬物には溶解度が低いものも多い。センサ測定が薬物懸濁状態のままで再現性よく行えるならばセンサの適用薬物は飛躍的に増えると考えられる。我々は抗生剤についてもセンサ出力から薬物の苦味強度が予測できることを示している。抗生剤中には溶解性が低く懸濁状態でセンサ測定を余儀なくされる薬物もある。味センサは抗生剤の懸濁試料においても苦味予測が可能であった。

4.おわりに

本検討よりセンサにより以下の点が可能となっている。

1.マルチチャンネル型味覚センサから得られる多くの出力情報を解析することで、薬物の苦味を数値化できる。

2.2.種々のアミノ酸類の苦味予測においてのセンサの有用性。

3.懸濁試料についての薬物苦味予測。

4.苦味抑制評価系としてのセンサ出力利用の可能性。

本稿で述べた味センサの使用により薬物の苦味強度を数値化してそれをデータとして蓄積することで、薬物の構造・物性からの苦味予測が可能になると考えている。今後、味センサの機能をさらに充実させれば、賦形剤を含めた製剤自身の苦味、甘味の評価や製品の品質管理の面で有用性が増すものと考えている。当研究室では固形製剤の薬物の苦味評価に加え、水剤、漢方薬などの味評価にセンサの活用を開始した。

 参考文献

 1)中村康彦、牧田浩和、今里 雄、Pharm Tech Japan 製剤技術
  薬物の不快な味のマスキングを目的とした粒剤の製剤設計、P121−128 

 2)Toko, K. Meas. Sci. Technol., 9, 1919 (1998).

 3)内田享弘、Pharm Tech Japan,18, 133-146 (2002), Chem. Pharm. Bull., 48, 1845 (2000).
  Chem. Pharm. Bull. 49, 1336(2001). Int. J. Pharm., 248, 207 (2002), Sensor & Material, vol 12,455-465(2002), 医薬ジャーナル2月号(2003)など

以上