薬学教育6年制
 

九大薬友会関西支部  

支部長  岩ア 光

 

 平成18年度から薬学教育6年制が始まる。われわれの母校九州大学の学生募集要項を見ると、薬学部入学定員として、創薬科学科50名、臨床薬学科30名、計80名とある。そして、「薬学部は、平成18年度から創薬科学科(4年制)と臨床薬学科(6年制)に改組する予定です。」と注記されている。これを見てやや奇異な感じを受けるのはわたしだけなのだろうか。もともと4年制学科は、6年制学科に併設して一部の大学に残されるように聞いていたが、これが逆転して4年制学科が優位となっているのは、国公立薬学部に共通の傾向のようである。 臨床薬学教育の充実を目的として導入された6年制薬学教育には、付属病院を持っている多くの国公立の薬学の方が遙かに適しているはずである。付属病院をもたない私立薬科単科大学が6年制一本で進もうとしているのとまさに好対照である。学校教育法を改正し、薬剤師法を改正までして導入した薬学教育6年制ではなかったのか。何故こんなことになっているのだろうか。

 個人的な体験で恐縮ではあるが、長年にわたって、創薬研究、製剤設計、非臨床および臨床開発に関わる中で、わたくしには臨床医学に関する知識の不足が大きな壁になったことが幾度もあった。付属病院と隣り合わせの薬学で修士課程まで勉強していながら、臨床医学との接点を遂に持ち得かったことをどれだけ悔やんだことか。わたくしは、これからの創薬、開発、製薬には、医療現場をよく知り、医療に直接携わる医師、薬剤師の視点、医療を受ける患者の視点からのあらゆる医療上の要請に応えられる知識、洞察力、創造力が不可欠と思っているだけに、臨床薬学教育に比重をかけた6年制教育の導入には密かに拍手を送りたい気持ちでいた。しかし、現状は全く別の方向にむかっているようである。医療技術の高度化、医療現場での薬剤師の職域拡大などに対処するために、薬剤師になろうとする学生への臨床薬学教育の強化が必要であることに異論はない。しかし、創薬、開発、製薬に関わる研究者、技術者には、それは不要であるという発想はどこから来るのだろうか。薬学部の4年制学科併設に関する文部科学省の説明には、「製薬企業や大学で研究・開発に携わる人材をはじめてとして、薬剤師としてではなく、薬学の基礎知識を持って社会の様々な分野で活躍する多様な人材が輩出されることが期待されています。」とある。しかし、今や4年制または4年制+大学院2年で輩出される生物科学、例えば、分子生物学、細胞科学、遺伝子工学、免疫化学などを専門とする人材は、理学部、医学部(保健学系)、工学部、農学部の出身者の中にいくらでもいる。折角、薬学部に入りながら、臨床薬学習得の機会を放棄して彼らと同じ土俵に向かうことにどれほどの意味があるのだろうか。

 基礎化学の重視こそ、日本の薬学が世界に誇る伝統であり、それ故に日本の薬学は世界で高い評価を受けてきたという4年制擁護論がある。しかし、日本の新薬開発力は世界に肩を並べるレベルにあると言えるのだろうか。

 薬学教育6年制の今後には、まだ多くの課題が残されているのではないかと思われる。