これからの薬学教育  ―6年制薬学時代を迎えて― 

武庫川女子大学薬学部 松山 賢治

 

「はじめに」
 九大薬友会の皆様にはお変わりなく、ご精励のことと存じます。
 いよいよ来年度(平成18年度)の新入生から我が国の薬剤師養成制度が抜本的に改正されます。私が勤務しております武庫川女子大学でも「医療分野で貢献できる実務薬剤師養成」を目的とする6年制の薬学科(210名)と「有能な薬学研究者・技術者を養成」する4年制の健康生命薬学科(40名)の2学科がスタートいたします。
 本稿では、新しい6年制薬学を中心にその目的と期待される効果(薬剤師教育)について述べさせていただきます。
 
 
6年制薬学実施にいたる背景」
 薬学教育は6年制が必要であるとの論議は随分以前からありました。それが平成18年度から6年一貫と42年の並立、原則6年となったのには、医療技術の高度な進歩と、医薬分業の進展に伴い医薬品の適正で安全な使用を担保し得る質の高い薬剤師が必要だという大きな社会的要請が背景にあったからと思われます。このような社会的要請をバックに、昨年の国会での学校教育法と薬剤師法の改正法案は満場一致という形で可決成立し、平成18年度からいよいよ薬学6年制がスタートするわけです。

 
6年制教育の概要」
 武庫川女子大学では基本的に日本薬学会が制定した
6年制薬学教育のためのコアカリキュラムに準拠したカリキュラムを立てました。その特徴を少し御紹介させていただきます。 1年から4年次までに、共通教育科目(従来の教養に相当)として、医療倫理、薬学概論、薬学生物学、物理学、化学、英語などを履修します。基礎および専門教育科目として、分析化学、有機化学、生化学、遺伝学、ゲノム科学、遺伝子工学、生薬学、物理化学、無機化学などを履修後さらに医療薬学の根幹をなす臨床科目、疾病と薬物治療学(6教程)、薬剤学、薬理学、薬品情報学、薬事法、衛生化学、医療コミュニケーション学を履修します。その後、学内で一ヶ月の実務実習前実習を行った後、きわめて特徴的な中間試験を実施します。これは、学外での実務実習に出かける学生の質を担保するため、さらに薬剤師の免許を取得していない学生に調剤や服薬指導などの薬剤師業務を行わせる違法性の阻却を目的として、“共用試験”を行います。この“共用試験”は、知識・技能を問うCBTComputer-based testing:コンピュータを利用した試験)と知識・技能・態度を問うOSCEObjective structured clinical examination:客観的臨床能力試験)から成り立っています。これらの試験の合否判定は、大学に委ねられていますが、各大学のテスト結果については薬学評価機関が結果を公表することになっています。この共用試験に合格した学生は、5年次に五ヶ月の実務実習(2.5ヶ月の病院実習と2.5ヶ月の薬局実習)を行います。また、5~6年次にかけて一年間は研究室に所属し、卒業研究を行うと共に、医療経済学、マーケティングリサーチ、OTCの適正使用と薬剤師、疾病と漢方処方、セルフメディケーションと薬剤師、薬局コミュニケーションスキルなどの面白いアドバンスト科目(専門選択科目)を受講し、実務薬剤師として活躍できる基盤を作ります。
 一方、健康生命薬学科では、
4年制で、教育目標は、「有能な薬学研究者・技術者の養成」です。1~3年次には、共通、基礎および専門教育科目を履修し、3年次後期より“ライフサイエンスコース”と“ヘルスサイエンスコース”のいずれかを選択し、各コース独自の選択必修科目を履修します。特徴的な科目として、ライフサイエンスコースでは、ゲノム創薬学、バイオインフォマティックス、医薬品開発論など創薬に関連する科目を履修するのに対して、ヘルスサイエンスコースでは、OTC概論、機能食品科学、漢方処方学など薬店、薬局店頭で役に立つ科目を履修します。本学科では、卒業後、大学院修士課程あるいは博士後期課程との連携を図った高度な知的・技能的専門教育を展開し、大学あるいは研究所、製薬企業で活躍できる人材を育てます。
 ところで、本学薬学部は
6年前から、現職薬剤師を対象とした夜間大学院を発足させています。 私は、この健康生命薬学科の学生に対してある付加価値をつけることを考えています。つまり、授業料は1/3以下で、2年間の修士課程に進むと同時に、この間、毎週金曜の午後6時半〜9時、土曜日の午後2時半から7時まで開講の夜間大学院の臨床薬学講義を履修させ、薬剤師受験資格に必要な臨床専門科目の単位を夜間授業で全て取得させ、7年目に上述のCBTOSCEを受けさせた後、六ヶ月の実務実習を受けさせると、合計7年かかりますが、修士号と薬剤師資格の二つを獲得することが出来ます。6年制薬学と比較して7年かかりますが、授業料は二年分で約280万円も安く薬剤師受験資格が取れるシステムのコースです。これでしたら、本当に優秀な学生はトライしてくると期待しています。

 
 「薬学
6年制の今後の問題点」
 皆様もお聞き及びかと存じますが、規制緩和で、平成15年度以降、薬系大学・薬学部15校が新設され、来年度も5校が、さらにその後も多くの薬系大学の開設が予定されています。当然、薬学卒業生、薬剤師の数は急増し、今後2~3年のうちには薬剤師の需給バランスは逆転すると予想されています。そこに、郵政民営化、国立大学法人化、国立病院法人化により、国立大学付属病院や国立病院が昔、郵貯から頂いていたつもりだった財政投融資を返さなければならなくなり(私が以前働いていた某国立大学付属病院は120億の財政投融資をうけていました)、それに伴い、現在、病院を挙げてのコストカットの最中です。その結果、薬剤師の新規採用は半減し、ほとんどが非常勤薬剤師となってきています。薬学6年制で、高度な薬剤師が出ることはまことに結構な話ですが、その受け皿たる病院薬剤師は非常勤化で給料ダウンです。下手をすれば学歴インフレに陥り、薬学も薬剤師も共倒れする危険性も内包されていることを皆様にご理解していただき、受け皿の開拓をお願いする次第です。
 

 
「最後に」
 現在各製薬会社に、製造・販売統括責任者という重要なポストが出来、これは薬剤師しか就けないポストです。このポストが出来た背景には、ミドリ十字事件やサリドマイド事件など過去の苦い薬害の経験から出来たと聞いています。新しい薬学6年制の科目には、医療倫理学やコミュニケーション論など、従来は薬学で教えてこなかった文科系的な科目が並んでいます。この意味は、薬剤師が倫理観を持って、病院や製薬企業において、薬物の適正使用、良心的な医薬品の製造を行って欲しいとの国民の切実な声が反映されたものです。
 薬学6年制が、根づくか根づかないかの分岐点は、この国民の期待に沿う薬剤師を輩出するか否かにあります。私ども薬学教員の努力もさることながら、薬学6年制の学生にたいする、病院、製薬企業、行政各機関にお勤めの九大薬友会卒業生の絶大なる応援をお願いすることでこの項を締めくくらせていただきます。