ご存知ですか? Law School
 

孫田 アイリ

 

 この春、司法制度改革のひとつの試みとして創設された法科大学院に入学して八か月が過ぎ、薬学部卒としてはちょっと珍しい体験(?)を書かせていただくことになりました。入学以来、「起案」(テーマをきめて法的な解釈を構成すること)という形式を通して文章を書くことには慣らされていたので、気軽にお引受けしてしまいましたが、新しい法曹界の制度の一端をご紹介できれば幸いです。

製薬会社で、理系出身、研究出身という立場で仕事をしていても、国内外での臨床試験、国内で国立大学TLOとの共同研究や開発契約、技術移転、知財報告書、内部統制システムなどなど法令や規則、会社の定款や規則と関わる機会はますます増加していくでしょう。大きな会社で法務部が頼れる場合でも、技術の話もわかる人材を確保するのはたいへんなことと思います。私も、いわゆるバイオ・ベンチャーで仕事をしていた頃は、多額の経費をかけて渉外弁護士さんや弁理士さんに相談する際に、実務担当者として必要な法律の基礎知識がないことを悔やみました。当時、米国のベンチャー企業に技術移転をする機会があり、米国のベンチャー企業の資金力もさる事ながら、財務から知財まで一人で把握していた女性社長(理学修士で弁護士。Law School制度をとっている米国では理系の出身の弁護士も多い。)の活躍に圧倒されたことがありました。その他にも、欧州での臨床試験等を通じて、知財の重要性、交渉の技術、そして「契約書で負ける」という言葉の意味を理解しました。

 さて、法科大学院ですが、まだ創設2年目の制度で、学校にも2学年分の生徒しかいません。といっても、2年制の法学既習コース、3年制の法学未習コースがありますので3学年分の授業が行われています。この未習コースというのが、法科大学院のひとつの特徴です。これまで狭き門として有名だった司法試験では、法学部出身者が大半を占め、しかも多年にわたって司法試験の受験勉強だけをしなければならず、実務家となったときに一般社会経験がないことが問題となっていたそうで、どこの大学でも未習コースでは、適性試験、小論文、学部成績および各種資格等の審査だけ(法律教科の試験はなし)で、他学部の卒業生や社会人経験者をおよそ定員の3割を目標として入学させています。

社会人の入学枠を定めている学校も多く、大学を出てすぐ入学する生徒より社会人経験のあるほうが入学しやすいようです。法学部を卒業後、社会人経験なしに法科大学院に入学するためには、学部時代の成績や入学試験でよい成績が必要です。したがって、実際に入学してみると、未習コースも大半が法学部の卒業生、法学修士さえもいて、他学部卒は「純粋未習」と呼ばれており定員の1割程度です。ちなみに、同じ学年で理系学部の卒業生は3名(63名中)です。社会人経験者も、そのほとんどが法律関係の仕事(司法書士、税理士、銀行員、公務員など)を経て入学していますので、実務に関しては教授に助言できるような実力を持っています。この境遇で、法学部で4年間かけて勉強する内容を1年半に圧縮したカリキュラムについていく苦労はたいていのものではありません。入学当初は、純粋未習者にたいへん配慮していただいている(法学部卒の皆さんには申し訳ない)授業でさえ、先生の話している日本語がノートに漢字で書けないありさまで、いまだに教科書を読んでも少しも先に進まず苦労しています。未習の1年生は、憲法、民法、刑法等の基礎教科(薬学部でいえば有機化学、薬理学に生化学といったところ)をひととおり終えるのに大忙しです。演習科目が多いのも法科大学院の特色のひとつで、事案(具体的な事件)分析をはじめ起案をする機会はたいへん多いのですが、実務に出て法律文章を書く実習として重要視されており、実務家の先生(弁護士、会計士、企業の法務経験者)に直接指導していただけます。本来、少人数のクラス構成の上、研究者と実務家の先生方が複数で指導される授業やゼミも多く、授業以上の時間が必要なことも多い予習もたいへんですが、具体的に必要な知識の定着に役立つシステムであると感じています。(薬学部も6年制になったのですが、やはり実務指向のカリキュラム編成になったのでしょうか。)

選択科目では、某電気メーカーの元法務部長でいらした教授の授業で英文契約書を勉強していますが、「あの時、こんな知恵があればねえ・・・」と授業中に過去を反省することもあります。並行して国際私法を選択しており、教科の関連性を考えたいくつかの履修モデルが用意されています。会社法(来春施行)等の授業では、実務家の先生や社会人経験者の体験を聞かせていただくことは貴重です。学問の外側がわかると、問題意識が明確になって生かせる知識として身につきます。不法行為の授業で医療過誤訴訟が対象になったときには、投与薬等について解説させていただいたこともありましたが、知識を提供する側にとっても、過去に経験したことのない、全く違う角度からの質問を受けることによって、法律を学習すること自体について考える機会が得られたと感じています。

今後、法曹人口が増加するにつれて、専門分野に特化した質の高い活動が必要とされると考えられます。法科大学院からはまだ卒業生も出ていませんが、どこの大学院でも新しい制度であるだけにいろいろな試みが行われているようです。インターネットで大学のホームページを見ていただくと、法律相談だけでなく経営や知財についても新しい情報がえられるのではないかと思います。